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国際金融のプロ。最前線にいたからワカル!日本のココが変!

2015年12月22日 (火)

公平な労働市場を

<終身雇用は日本の伝統?>

「もはや戦後ではない」と復興を宣言した日本経済は、1954年から1973年までの19年間、「アジアの奇跡」と呼ばれる高成長を記録しました。その秘密を探ろうと、世界中の研究者が日本と日本企業の分析に乗り出した事は言うまでもありません。

その結果「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言う心地よい言葉と共に示された「終身雇用、年功序列、企業別労働組合」の3要素(いわゆる三種の神器)を、多くの日本人が「強さの源泉」であると信じました。

 

しかし、終身雇用制が日本の家族的経営文化に基づくものでない事は、すでに1970年代初めに「日本的経営の神話」として指摘されていました。一橋大学の津田真徴教授は「戦前の日本の労働者の転職率は、先進国の中で最も高かった」と言う事実などを挙げ、「日本の伝統的な文化や習慣に根ざすものではない」と明確に否定しています。

 

実は、終身雇用と呼ばれる様な長期雇用状態は、成長を続ける企業や組織では「自然に起きる事」です。日本特有のものではありません。例えば当時のIBMやP&G等と言ったアメリカの企業でも、成長が続いた時期に「実質的に終身雇用状態となるほど長期間働く従業員」が大勢いたとされています。

 

この事は、組織図を書いて考えてみると分かりやすいと思います。企業に限らず、ほとんどの組織はピラミッド型です。このピラミッドが大きくなっている間は、様々な部署やポジションが生まれ続けます。従って、大多数の社員は、ごく自然に「係長、課長、部長」などと言ったポジションの階段をのぼりながら、長く働き続ける事が出来ます。

この原理に、洋の東西は関係ありません。「出来れば同じ会社でずっと働きたい」と言うのも同じです。私の経験からも、「理由もなく会社を変わりたがる社員」は海外にもほとんどいませんでした。

 

つまり日本企業の終身雇用状態とは、19年と言う長い高度経済成長期に於いて「結果的に」発生していた現象に過ぎなかった事になります。しかし、それを「日本の伝統に合致した制度であり強さの源泉だ」と言われ信じてしまった事から、ボタンの掛け違いが起きてしまいました。

 

<終身雇用を制度化した不幸>

バブルが崩壊し低成長時代に入った事から、この企業のピラミッドは大きくならなくなりました。そうなると、自然に成立していた終身雇用状態を維持していく事は、もはや原理的に不可能です。しかし、「制度を守らねば日本の文化に反する」と多くの経営者が考え、すでに雇用されていた従業員も「守られて当然」と考えました。

しかも、長い間「終身雇用制は社会的慣習である」とみなされていた事から、この状態を法的に支える枠組み・制度が出来上がりました。つまり、状況の変化によって経済合理性を欠くことになる慣習が、制度として固定化された事になります。

 

現在、労働契約法第16条では「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」と定められています。また、「整理解雇の4要件(①人員整理の必要性、②解雇回避努力義務の履行、③被解雇者選定の合理性、④手続の妥当性)」のいずれか一つが欠けても解雇権の濫用となり、解雇が無効となる事が判例によって示されています。

 

<ゆがめられた労働市場が成長を阻害>

この様に「解雇を最後の手段とする事」が制度上からも要求されていた為、多くの企業はまず新規採用の中止や抑制によって対応しました。その結果、新卒一括採用の時期が「就職氷河期」に当たってしまった若者は、日本企業の特徴である「現場での訓練(OJT:オン・ザ・ジョブ・トレーニング)」を受ける機会を失い、未熟練労働者のまま今に至っています。

この事は、組織をいびつな形にしただけではなく、日本企業の強み、ひいては日本社会全体の競争力を削ぐと言う結果をもたらしました。また、生産性の低い産業分野から高い分野への円滑な人材の移動の障害ともなり、日本経済の潜在的な成長力を抑えてしまっています。

 

やがて新規採用の抑制だけでは対応しきれなくなった企業は、希望退職を募り、さらには希望とは名ばかりの「実質的な退職の強要」を行ないました。その極端な例が、解雇規制をかいくぐる為に作られた、いわゆる「追い出し部屋」への配置転換です。不自然な希望退職に追い込まれた社員が、どれほどつらい思いをしたかは想像に難くありません。

一方、制度上「希望退職を強要せねば適正な人員にならない」状態を経験した経営者も、同様につらい立場に立たされました。この経験から、企業は「解雇がしやすい非正規社員」を、「雇用の調整弁」として利用する様になります。その結果、労働市場はさらにゆがんでしまいました。

 

現在の労働市場は、「慢性的な残業と、一方的な指示による転勤・配置転換を受け入れる事で雇用が保証される正社員」と、「職種と勤務地は選べるものの、低賃金で雇用の保証がなく熟練度も低い非正規社員」と言う二重構造となっています。

かつての非正規社員の大半は、主婦や学生などが補助的な収入を得る為のパートやアルバイトと言った形態が占めていました。従って、この二重構造が、深刻な問題として取り上げられる事はありませんでした。

 

しかし、今は需要がある時にだけ派遣会社と雇用契約を結び、派遣先に送り込まれる非正規社員(派遣社員)が増加しています。

この派遣社員の多くは、正社員とほぼ同じ仕事をしています。と言うのも、「雇用の調整弁が欲しい」「二度と追い出し部屋を作りたくない」と言う企業側の都合によって、正社員ポストが派遣社員ポストに変更されただけだからです。つまり派遣社員の多くは、従来通りの枠があれば正社員として働いていたはずなのです。

しかも、この二重構造の為に、「無定限な働き方を強いられる正社員」に過重な負担が掛ったり、会社全体としての一体感が無くなったりすると言った問題も発生しています。この事によって、かつての日本企業の強みが無くなっている事は大きな懸念材料です。

 

もし解雇規制が現在の様に極めて厳しくなければ、企業としても派遣社員ではなく正社員として雇っていたはずです。その証拠に、解雇規制が緩いアメリカには、日本の様な就労形態の派遣社員は存在しません。しかも、人種、性、年齢などによる差別を禁じる雇用平等法制が整備されていることもありますが、「同一労働同一賃金」がかなり厳密に成立しています。「同じ仕事をしているのに賃金が大幅に違う」等と言う事はあり得ません。

アメリカにも派遣社員はいます。しかし、呼び名は同じでも、医者や弁護士、IT技術者などと言った特殊な技能を持ち、即戦力となる高給取りの専門職です。

 

 

<解雇規制は誰を守っているのか?>

「解雇規制を緩めるべきだ」と言う主張に対して、「金銭を払う事で、解雇をし易くするのは怪しからん」と言う意見があります。しかし、多くの中小企業では、「労働契約法第16条」も「整理解雇の4要件」も無視した解雇が横行していると言うのが実情です。金銭補償などありません。

現在の厳しい解雇規制を盾に訴訟を起こして戦う事が出来るのは、労働組合によって守られた「一部の大企業の限られた正社員」だけです。中小企業から不当に解雇された従業員には、訴訟などやっている余裕はありません。

 

従って、例えば「月給の12か月~24か月の金銭補償により解雇出来る」と言う形で規制を緩めるものの、「もし、払わずに解雇した場合は、労働契約法違反ですぐに摘発される」等と言った明確な規制を定めて保護すべきです。

この状態を是正しなければ、「制度によって守れられた大企業労働者、制度に頼る事が事実上不可能な中小企業労働者、調整弁にされる非正規社員」と言うゆがんだ雇用構造を温存する事になってしまいます。

 

 

<真の成長戦略とは>

「金融・財政政策の次に必要なのは成長戦略だ」と言われます。ただ、政府の主導によって作られた産業政策的な成長戦略によって成長率が上昇した例は、先進国ではほとんどありません。日本の高度経済成長が、当時の通産省などの産業政策によるものではない事はご存知の通りです。社会主義国は、「政府主導の計画経済が、その非効率さの為に行き詰ってしまう事」をはからずも証明してくれました。

 

成長戦略とは、本来地味なものです。解雇規制の緩和もそのひとつです。

これによって、成熟産業・衰退産業から成長産業への人材の移動が進みます。「雇用の調整弁」が欲しい為に、本来正社員を置くべきポジションに派遣社員を採用する必要もなくなります。そうすれば、派遣会社に支払われていた30%~50%と言う手数料は、正社員となった元派遣社員のものとなり、新たな中間所得層が誕生します。

「雇用は安定するが無定限な労働を強いられる正社員と、不安定な非正規社員の二重構造」と言うゆがんだ労働市場を正常化すれば、共働きの夫婦が子育てをしながら働くことが可能となります。この一つ一つの積み重ねが、成長への重要な役割を果たすことになります。

 

もちろん「職業訓練制度の拡充」「職業紹介制度の拡充」「企業を移動しても不利にならない社会保障制度の整備」などが必要な事は言うまでもありません。しかし、非正規社員に様々なリスクが集中する構造を改善する為に必要なのは、非正規雇用への規制強化ではありません。

 

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