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2011年07月11日 (月)

「税と社会保障の『一体改革』」について

税と社会保障の一体改革に関して、2回ほど年金についての考えを述べましたが、今回はご質問を頂いたこともあり、税や社会保障の持つ富の再分配の要素について触れておきたいと思います。 

国家が広い意味での社会保障を通じて国民に対して提供するサービスとしては、最低限の生活の保障の他に、格差是正、あるいは格差拡大の緩和を通した社会的一体性の確保があります。簡単に言ってしまうと、偶然の働きや過度の相続などによって富や権力が一部の人々に固定して集積するようなことがないようにすることです。「富の再分配」と呼ばれるもので、税制でいえば所得税の超累進課税制度などがこの目的に資するものです。税と政府からの給付、社会保障などを通じて、国民内での貧富の格差は政府が存在しない場合に比べて小さくなることが期待されます。どれぐらい小さくするかは、各国国民が決めるものであり、よく「日本は結果平等で、アメリカは機会平等だ」などといわれますが、国家としての立ち位置をどこに置くかはそれぞれの国民性などによって決められるべき問題です。

さて、問題は日本国民が、「政府は格差是正に対して積極的に取り組むべき」と考えていたとして、政府がその様な効果を本当に果たしているかどうかです。OECDのデータなどによると、実は日本の税と社会保障による格差是正効果は国際的に見てもかなり小さいという結果になっています。国民の粗の所得の段階では日本はOECD加盟国の中で1,2を争うほど相対的貧困率(等価可処分所得の中央値の半分に満たない世帯員の割合)が低いのですが、税、給付、社会保障などの「政府による富の再配分」を経た後では、その相対的貧困率が高い方から数えた方が早くなります。乱暴な言い方をすると、政府が何もしていない方が国民の貧富の格差が小さいという事になるのです。よく小泉改革により格差が広がったという言われ方がされますが、本件に関しては小泉政権のずっと以前から存在する問題です。

これには幾つもの理由がありますが、重要だと思われるのは社会保険料が基本的に定額かつ多額である一方で、超累進課税の所得税の元では既に所得税をほとんど払わない人が多くなっていることです。つまり、一定の所得水準以下の低所得者はすでに所得税をほとんど払っていないので、更に所得が低下しても政府に対する税負担が減るわけではない一方、社会保障保険料はそれなりの額を払わされ続けているということです。ですから、所得税だけ、消費税だけ、社会保険だけを見ていても正しい政策を考えることはできず、これらを一体的に見ながら国が果たすべき再分配の大きさと執行方法を改革しなければならない、それが「税と社会保障の一体改革」の大事な目的の一つのはずです。

消費税増税の問題と社会保障の内容拡充がリンクするべきか否かなどに議論をとどめておいてはいけません。最低でも、消費税と所得税(給付付き税額控除も含む)、そして社会保険料・給付を合わせて考えないことには、これまでと同じような部分最適解しか導くことができず、将来に対する明るい期待や見通しを持つことができるようにはなりません。

もう1点。前回年金の運用に際して、マクロ経済に対する司令塔が不在であると書きましたが、これは年金運用という局所的な話ではなく、まさに国家としての経済財政戦略に対する司令塔が不在であるとの強い懸念を持っているということです。税と社会保障の一体改革、復興にかかわる財源、エネルギー政策に関わる追加コスト、原発賠償のための原資等々、個々の政策がこれは与謝野大臣、あれは復興構想会議会議、こっちは海江田大臣といった具合に各々別の場で、別の責任体制のもとで語られています。こうしたものが全体として日本経済にどのような影響を与えるのか、財源として検討している増税や電力料金の値上げが個々の施策をすべて積み上げたときの各家庭に与える影響はどの程度のものなのか、財政健全化との整合性はとれるのか、こうしたことを全体的に誰が把握して統制し、議論を進めているのでしょうか。小泉改革においては竹中大臣が司令塔として経済財政諮問会議でこうしたことを行っていました。小泉改革の是非を別として少なくとも大きな方針を決定し進めていくためのこうした体制作りは必要であり、今の民主党政権のやり方では、誰が首相になっても、場当たり的な対応を繰り返すこととなりかねず、これもまた大きな問題です。

その様な立場から、今後も国政の場での議論を提起していきたいと思います。

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